私が以前に書いた健康についての考え方をまとめたレポートをアップします。
少し長いですが時間があるときに読んでみてやってください。2003年に書きました
これからの健康管理についてはじめに2000年版「国民衛生の動向」によると、わが国の病人の数は入院約148万人、外来約733万人、合計約881万人(平成8年調査)たくさんの人達が、何らかの病気で病院との関わりを持っています。
さらに厚生労働省発表の平成11年度国民医療費の概況では、
国民医療費は、30兆9337億円となり、
国民所得の8.8%の割合まで上がってきました。
この内訳を見てみると、循環器系疾患に約5兆5千億円、新生物に約2兆6千億円、呼吸器系の疾患に2兆649億円、消化器系の疾患に1兆7843億円等となっています。
この事は、国家予算81兆円、防衛費5兆円と比べてみると大変な金額だと言うことがわかります。
今わたし達が生活をしていく中で、止むを得ずかかる病気、避けられない病気がどれだけあるでしょうか。数々の病の中には、伝染病があったり遺伝性の病があったり、新種のウィルス性があったりすると思います。しかしその割合は、どの程度でしょうか?
わたしは、現在の病気の大半は、生活習慣によるものであったり、免疫力の低下であったりすると思います。
私達の生活は色々な意味で便利になって来ました。乗り物、娯楽、仕事、食事、運動、子育て、介護、情報等、これらの事に共通することは、
自分が動かずに相手からやってくると言うことです。本来、人間が、生き物として、自然界とともに過ごしていたはずが、文化の発達とともに、
自然界から遊離してきた、便利さ、快適さ、物質的豊かさと引き換えに、季節を、風土を、そして生きるための知恵を、忘れ去ってきたと思います。残ったものは、他人との同一感、
みんなが進む方向についていかなければ不安である、みんなと違うことをするとおかしいのではないか、みんなが良いと言うものは良く悪いと言うものは悪い、そのような思考だと思います。 健康にしても、ある番組で何とかが良いとなればそこに殺到する、誰々先生がこんな健康法があると発表すると皆それをやってみる。それが上手くいかないと、非難し、また根気よく続けようともしない、
主体性がないと言うか、自己が存在しない訳です。そんな訳だから、
具合が悪くなると、真っ先に病院に行く、そして自分のどこが悪かったかを考えようともせず、
医師の言葉を鵜呑みにし、自己反省をしない、それどころか治ならかったら医師の責任にし、転院する。
投与された薬は、「薬はあまり良くないよ」とどこからか聞いたので、勝手に飲む事をやめる。医師にはそれを伝えない、運良く治っても、自己反省と改善がないので、再び三度病に陥るわけです。
病院で治って家庭で病を作るつまり「生活習慣病」であります。この積み重ねが冒頭の医療費の高騰につながっている事は、明白であります。
佐賀県について私は現在佐賀県の嬉野町というところに住んでいます。佐賀県というところは人口約88万人、日本で43番目の人口であります。大企業というのはそれほどなく、工業団地も目立ったものはありません。北は玄界灘に面した唐津市、南は有明海に面した佐賀郡や鹿島市、自然が豊かで空気もきれいな県です、さぞ病人も少ないことだろうと思い調べてみると、次表のような結果でした。
平成8年度国民受領率(人口10万人対比)
総数 入院 外来
全国 7,000 1,176 5,224
1位 長崎 高知 佐賀
9,190 2,394 7,255
2位 佐賀 長崎 広島
9,067 2041 7211
3位 高知 熊本 長崎
8,943 2036 7,149
5位 佐賀
1,811
原因別 全国
感染症 2位
新生物 10位
血液造血器 4位
内分泌 8位
精神行動障害 2位
神経系障害 1位
循環器 8位
呼吸器 3位
消化器 2位
このように、受療率は全国2位、外来1位、病気別で見てみても全国でベスト10の中に入っています。自然が豊かで、環境もさして悪くないはずの田舎の県でなぜこの様に病人が多いのか私自身疑問に思いました。
しかしこの事を解くためいろいろな方面から見聞きしてみると、環境がよいので、危機を意識していないということが分かりました。
都会では、水や空気、紫外線。野菜、魚、肉等の食料、添加物、農薬など身の回りに寄せてくる危険が沢山あり、それらを何とかしなければという危機感があります。
しかし、佐賀では、そういった環境の危機はあまり意識されず、逆に農産物、水産物
食肉等の出荷地でありますので、農薬や添加物をいかに、効率よく使いコストを下げ、多く出荷するかが関心事であります。
したがって、健康への認識よりも、生活の安定のほうが大切なわけです。
また、佐賀県人の気質として、貯蓄や教育には大変お金をかけますが、食事に関してはそうではない。食べるものを節約してまで見栄を張る、これが基本的考え方です。つまり、他人から見えるところは、精一杯飾るけれども、見えないところは徹底的にみすぼらしい、ということが言えます。医療費については佐賀県の平成13年度予算が約4,800億円に対して2,441億円(平成8年)の医療費になっています。
国家の予算と医療費の比率をはるかに上回っています。我が嬉野町でも町当初予算67億1千万円に対して約43億円の医療費になっています。このことに関しては考えようとせず、それどころかもっと安心して受けられる医療をなどといわれています。
そもそも
健康保険制度はまだ国民が貧しかった時代、病気にかかっても医療費が払えないため、病院に行けずに助かる人も助からないと言う状況を何とかするために、設立された相互扶助制度です。然るに現在では、当然の「権利」としか認識されずにいるところに問題があります。先日テレビで小泉政権の構造改革における「痛み」についての街頭インタビューの様子がありました、不良債権や特殊法人への痛みはどんどんやって構わない、しかし生活への痛みは困ると言う意見が大半でした。
銀行への不良債権に税金を投入するのはおかしい、これは大半の人が納得することです、しかし、それを言うならば、
「生活習慣病」は、まさに自分が自分に対して作った不良債権ではないでしょうか、そしてその病を、健康保険を使って治すのは、税金の投入ということです。このことをしっかり皆さんが理解していくべきことだと思います。
高齢者への期待・おもい病院通いが、毎日のお仕事になっている高齢者の方々、WHOの世界調査で、世界の長寿村といわれている、ビルカバンバ、コーカサス、エクアドル、などの地域では、80歳でみな現役です、それどころか100才で農作業をしたり、衣服を作ったりしておられます、そして、自分の手で作った様々な物を人にあげる、そうやって喜んでもらうことが、その人たちの生き甲斐だそうです。
日本の高齢者は福祉という城に入り込んで快適さと引き換えに生き甲斐を失った人が多いのではないかと思います。私は、高齢者の方々に是非やって頂きたい事があります。それは、今の小さい子供達に生きていくための
知恵や工夫を教えて頂きたい。日本人が過去培ってきた大切なことを絶やさないように。教えられた子供にとっては、生きていく上で必ず役に立つことでしょう。そして高齢者のかたがたにとっては、小さな命と接することで、命の輝きと、勇気を、そして、自分達もまだまだ役に立つのだと言う自信をきっと持つことが出来ることでしょう。そのことによって、元気さを少しでも取り戻すことが出来れば、とても幸せなことではないかと思います。
自己責任の健康管理「これからの健康管理」ということで今から確実にやらなければいけないことは、健康とは自分で学び、自分で実践するものだという認識の啓蒙活動であります。
わたしは,いろんな人によく質問をします「あなたにとって豊かさとは何ですか?」「あなたにとって幸せとは何ですか?」そして「あなたにとって生き甲斐とは何ですか?」自信を持って答えてくださる方はありません。
私は以前,ある国立病院の院長そして尼僧さんと「命」についてお話をしたことがあります。終末期の患者さんが介護の甲斐なく、亡くなっていく姿を見て、いつも悲しい思いをなさっているのでしょうね、と私が問い掛けると院長は「そんな暇はない、ほかにも患者さんはたくさんいるし、ひとつの結果が出ただけと言うことだ。」と言われました、確かにその通りだと思います。
私たちは病になると医師の元へ向かいます、そして出会った医師に対して、この先生は私のために全力を尽くしてくれると信じてしまいます。私のことはすべて理解していると勘違いしてしまいます、その結果その医師の後ろには、たくさんの患者さんがいることを忘れ、自分ひとりのものだと思ってしまうのです。医師にしてみればたくさんの患者の中の一人なのに・・・
私たちは、自分の責任で行動をしてその行動に対しての結果は自分で背負っているはずです、なのに、一番大切な自分の命をどうして他人任せにするのでしょうか。それは、小さい時から、命の教育が出来ていないからです。
英語や運動や、能力開発の教育は活発になされるのに、
生きていくための教育はなされていない。体育はあっても食育はない。ないから手段方法を知り得る事は出来ない、そのまま育つから、命に関して人に頼るしかないわけです。特に食育の分野に関しては、教育の在り様が、欧米、北欧に比べて非常に後れているといえます、それどころか、授業時間が足らないので、給食時間を減らそうと言うのが現実です。
そんな訳ですから、
命は食べ物で出来ているんだ、どんなものを食べたか、どう食べたか、どれだけ食べたかで、命のありようが変わって来るという所からの教育がまず必要であり、土地の食べ物、季節の食べ物、命のある食べ物、命のない食べ物への知識、口に入るまでの、食べ物の栄養価も大切ですが、口に入ってからの食べ物の変化と働き、または害。口に入って排泄されるまでどのような過程をたどっていくのか、またすでに生活習慣病等にかかっている人に対しては、どうしたら治るのかと言うことよりも、なぜそのような病にかかってしまったのかを理解してもらう、そしてどうすればもと通りに近い体に戻す事が出来るのかを認識していただく、このことが重要なポイントであります。
世の中には、男性と女性が存在します、そして、それぞれの特性があります。
例えば、男性がかかりやすい病気、逆に女性がかかりやすい病気、また男性が好んで食べるもの、女性が好んで食べるもの、日常の生活行動にしても男性が取りやすい行動、女性が取りやすい行動それぞれ違います、男性同士、女性同士にしても同様の事が言えると思います。
更に、職業、環境、年齢等で「個人」というものは、非常に細かく分化されてきます。ですから、一般論というのはあくまでも一般論であって、本当の健康管理は、個々の背景を考慮しながら、個人に対してきめ細やかになされなければならないと思います。
健康管理とは、自己管理であります。自分で自身の生活習慣を見直し、悪いところ不足しているところを正していく、自分の生活習慣は自分にしかわからない、他人から見えないところの自分を自分で変えていく、そうやって身に付けた良い習慣を継続していく。
健康管理とは、知識の管理であります。情報過多の時代において、いかに情報の仕分けをしてそれを管理していくか、これが出来なければ、どんなに行動をしても何にもならない、高速道路で、分岐点を通り過ぎて、気付かずにいれば、目的地からどんどん離れて行くばかりです。それと同様の事です。
私は、「健康」ということについて特別の思いを持っています。それは、自分自身が、子供の時いつも病気ばかりしていたので、病気というのが如何に苦しいか、喘息の発作が出たときなど、のどを包丁で切り取ってほしかった。アレルギーの湿疹が出たときなど掻いてはいけないと分かっていても、掻いてしまう。紐で手を縛ってもらっても、体をこすってしまう。体育の時間はずっと見学で、友達から馬鹿にされてしまう。高校生になってやっと何でも食べることが出来るようになりました。とても悲しい思いをしたからです。
こんな子供を作ってはいけないのです。時代は高齢化社会が進み子供が減ってくる、その子供たちが病弱で小児成人病と言われる病が広がっていき、それを食い止める方法を親が知らない今、子供たちは、日本国はどこに行くのでしょう。
食べることをファッション化させた今の若者、たべなければ死ぬと知っていても、食べ物で命が決まるということを理解していない、食育を怠ってきた結果だと思います。そんな彼らを啓蒙していかねばなりません。なぜなら、彼らも親になるからです。生活習慣病に陥っている方々、生活習慣病は伝染はしません、自分が何故そうなったかをしっかり学んで頂きたいと思います。
ただ漫然と病院通いをしても、結果は何にも出てきません、只コントロールされているだけです。ただ、医療費を費やすだけのことです
健康管理について私はこう考える健康管理と言うのは、自分が幸せになる事だと思います。一人一人が幸せになっていく。幸せになるためには先ず健康でなければなりません「健康がすべてではないけれど、健康を失えばすべてを失う」と言う言葉があります。まさにその通りです。健康には体の健康と心の健康があります。どちらが先かと問われれば、私は同時進行だと思います。そして、豊かさと言う観念は、体と心の健康度合いによって変化してきます。結果、幸せというものは、自己の幸せから、相手の幸せを願う幸せへと変化していきます。
健康管理とは、健康に関する、正しい知識、情報を知り、伝えていく、そうして気付きを与えていく事だと思います。
人間は、気付くと行動が変わり、成長をしていく、そうやって幸せに近づいていく。そうして、その人たちが、違う人に健康の大切さを伝えていく。その事によって、少し時間が必要かもしれないが、大変な金額の医療費を削減することが出来、なおかつ、国民一人一人が幸せに近づいていくことが出来ると思います。
21世紀を生き抜くうえでのキーワードとして1・選択と集中 たくさんの情報から何を選びどのように真剣に取り組むか
2・破壊と創造 既成概念にとらわれず、いかに新しいものを作り出すか
3・自己責任 自分は自分で守る、(体・強い心・能力)を作る
4・情報開示 開かれた情報・知り得た情報をどう正しく伝えるか
これらのことを伝え、実践していくことが、これから大切だと思います
おわりに最後に、中嶋 宏 前WHO事務総長の言葉を使わせていただきたいと思います。
「21世紀の前夜を迎え、健康問題は経済や社会の発展とますます密接なつながりを持つものとなっております。 私たちは、このことをしっかりと語りかけていかなければなりません。
いかなる人も男性も女性も子供も、人生を健康に過ごすことが出来るようにならなければなりません。そのためには、健康に関わる諸々の事柄について、適切な情報が与えられなければなりません。つまり、環境問題、水、食べ物、良い生活習慣や健康に悪い習慣に関する情報を知る必要があります。私たちは社会のあらゆるレベルにあって、健康問題について語れる人々や、あるいは語れる人々を育てる方々をもっと必要としております。
健康に関する知恵、知識、そして経験をもつ人々は、もたない人々へ、いかにそれを伝え、わかち合えるかを。学んでいただかなければならないのです。
そこで私は、健康情報をもたらし、教育にあたり、あるいは社会の隅々に健康に関する話題をお届けする立場にあるすべての方々へ、心からのアピールをお贈りしたいと思います。
健康への鍵はあなた方が握っているのです。
健康は個人にとっても、集団にとっても最も価値あるもちものといえます。医師のみならず、ジャーナリスト、教育にたずさわる方々、政策決定に関わる方々、子育てをなさっている方々や友人の皆様、ともに手を携えて私たちの責任を果たしていこうではありませんか。病気のことを語るより、いかに健康に過ごすかを語り合おうではありませんか。健康でなければ何も出来ません。」 <21世紀に於ける総合健康システム(新ヘルスパラダイム)の創造>挨拶より
データとして引用の部分は・2000年版国民生活の動向
・ 日本国勢図会2001年
・ 佐賀県ホームページ
・ 嬉野町ホームページ
による数字です
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
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